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最高裁判所第一小法廷 昭和23年(れ)950号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人鍛冶利一上告趣意第二點について。

しかし、憲法第三七條は、刑事被告人が證人審問の機會を求め得る等の所謂国家に對する受益権の一種を認めたものであって、必ずしも刑事訴訟手續における證人尋問につき常に直接審理主義を採用すべきことを明定した規定ではない。それ故、憲法の該條項を根據として、刑事被告人が自ら右権利を行使しないにも拘わらず、裁判所は職権を以て必ず證人を公判廷において直接尋問しなければならぬということを推斷し、さらにこれを理由として被告人の請求を待って證人尋問をなすべき旨を規定した刑訴應急措置法第一二條を違憲なりとする所論は、その根底において理由なきものである(昭和二三年(れ)第一六七號事件、同年七月一九日言渡大法廷判決参照)。されば、右應急措置法の規定が違憲であり無効であることを前提とする論旨は採用の限りでない。

同第三點、第四點について。

刑の執行猶豫の言渡をするか否かは、事実裁判所の自由裁量に委ねられているところである(刑法第二五條)。從って裁判所が各被告事件において犯罪を認定しその情状を斟酌した上、被告人に對して実刑を科し執行猶豫の言渡をしなかったとしても、それは法律の認めた自由裁量権の範圍に屬するところであり、必ずしも憲法第一三條により保障せられている個人の尊厳を侵すものと速斷することはできない。蓋し憲法は、生命自由及び幸福追求に對する国民の権利が尊重せられるには「公共の福祉に反しない限り」という制限を附しているのであり、しかも社會の秩序を亂しその基礎を脅やかす犯罪に對してはこれを防壓して公共の福祉を保持するため同法第三一條において法律の定める手續によれば刑罰として犯罪人たる個人の生命及び自由を剥奪し得ることを認めているからである。そしてこの見解は既に當裁判所の判例とするところである(昭和二三年(れ)第二〇一號事件、同年三月二四日言渡大法廷判決参照)。又憲法第三七條第一項に所謂「公平な裁判所の裁判」とは、偏頗や不公平のおそれのない組織と構成とをもった裁判所による裁判という意味であって、必ずしも個々の事件につきその内容実質が具體的に公正妥當である裁判を意味するものではない。從って具體的事件における裁判が不當に刑の執行猶豫の言渡をしなかったとしても、これを目して直ちに憲法第三七條第一項に違反するものとはいい得ないのである(昭和二二年(れ)第四八號事件、同二三年五月二六日言渡大法廷判決参照)。されば假りに論旨第三點に縷述するような事情があったとしても、原審は事実審として本件被告事件を審理した結果、その自由裁量権に基ずき犯情の全貌を斟酌して被告人に実刑を科したものと認め得るのであるから、原判決には所論のような違法はない。論旨はいずれも刑訴應急措置法第一三條第二項で制限した量刑の不當を非難するに歸着し、上告適法の理由とならない。(その他の判決理由は省略する。)

よって刑訴第四四六條に從ひ主文の通り判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野毅 裁判官 齋藤悠輔)

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